E.Lasys

ビリニュスは“神の慈悲の街”

ビリニュス旧市街の狭い道と緑豊かなアンターカルニス地区では、世界中からの巡礼者が“神の慈悲の物語”の起源を見つけます。1933年、アンターカルニス地区にあった慈悲の聖母修道院にポーランドから修道女ファウスティナが来ました。ビリニュスで過ごした数年の間にイエスの出現を数十回経験し、それが神の慈悲の祈りの土台となりました。シスター・ファウスティナは、以前もイエスの幻を見たことがありましたが、ビリニュスで暮らし始めてから彼女の精神的指導者になっていた神父ミーコラス・サポチカにその幻の話をしました。この神父の力を借りてシスター・ファウスティナの幻は、画家エウゲニユス・カジミロフスキーによって神の慈悲をテーマに描かれた絵として生まれました。数十年にわたるソ連からの占領のためにこの絵が忘れられていたにも関わらず、絵のコピーと共に神の慈悲のメッセージが世界中に広がりました。

シスター・ファウスティナが新しいミレニアムの最初の聖人になったと、2000年に教皇ヨハネ・パウロ2世が発表した時に、ミレニアムを迎えている時代に最も重要なメッセージが慈悲であると主張しました。それが神の慈悲の祈りの土台が強くなるきっかけになりました。

現在、巡礼者はビリニュス旧市街のドミニコーヌー(Dominikonų)通りにある24時間開いている神の慈悲聖堂の中で、神の慈悲をテーマに描かれたその絵を見ることができます。そして旧市街を少し離れると、 聖ファウスティナの家を訪れることができます。シスター・ファウスティナが生活していた修道院の建物の一つが奇跡的に残っており、その個室の壁は、この聖人の生活を今も覚えていることでしょう。この個室でイエスの出現を体験し、それを日記に記しました。神の慈悲の冠のお祈りもこの個室の中で伝えられました。

ビリニュスには、聖ファウスティナと福者ミーコラス・サポチカに関係がある場所が数多くあります。最も重要な場所は慈悲の道という巡礼のルートにも含まれていて、巡礼者が訪問することができます。最も多くの巡礼者が訪れるのは、イースターの日曜日からイースター後の最初の日曜日まで続く毎年恒例の神の慈悲の一週間です。

ビリニュスでは、神の慈悲聖堂の他に、夜明けの門にある奇跡を起こす聖母マリアの絵も慈悲のメッセージを広めています。夜明けの門の絵の聖母マリアは赤ちゃんを抱いていないという特徴がありますが、街に入る一人一人を見守ります。11月の中旬には大勢の巡礼者が夜明けの門の教区祭りに集まります。